2009年02月05日

【まとめ】フォトレポート00(予告)-09

【以下は「加藤直之・浜松いきツーリングフォトレポート(予告&全97回)」のまとめです。青文字の部分にはリンクが貼ってあり、クリックすると写真や地図が現れます。】

東京>浜松=05(横幅560).jpg
◆◆ 加藤直之・浜松いきツーリング フォトレポート000【予告】 ◆◆

 今回は加藤直之部長が故郷の静岡県浜松へのロングツーリングに挑戦しました。
とは言っても、東京の杉並から浜松までは距離にして290キロ。
部長の脚力では、一日で走りきるのはとても無理。
そこで2回に分けて走ることになりました。

 初回は5月18日の日曜日。
杉並から南西方向へテキトーに道を探しながら小田急線の新松田駅まで。
約80キロのサイクリングでした。
帰路は新松田から電車で帰ってきました。
なぜ新松田駅を選んだかというと。
じつは過去に何回か自転車をバラしたり組み立てたり、多少の土地勘があるところだったからです。

 そしていよいよ5月27日の火曜日に浜松へ向けて出発。
 予定ではスタート地点の新松田まで電車を使うことになっていましたが、走行中の撮影のために伴走車がつくことになったので(松永部員が運転する)、どうせなら車で行ってしまえ、と自転車を畳んで積み込み、撮影担当の加藤みゆきと3人で新松田まで。
東名高速は、そして車での移動も、直之・みゆきは久しぶりでありました。

 はたして直之部長は無事に浜松に到着するのか?

 乞うご期待!!

●●● もくじ(全97回) ●●●
東京杉並(01〜)
東名高速(02-03)
新松田駅(04〜)
246 号(06〜)
山北駅 (08〜)
恐怖のトンネル通過 (10〜)
246から県道へ (13〜)
足柄街道 (19-26)
御殿場駅前 (27〜)
裾野市の長い下り坂 (30-35)
裏道を西へ (36-43)
千本松原 (44〜)
富士市 (49〜)
富士川橋 (51-56)
富士川駅 (57〜)
由比 (59〜)
太平洋岸自転車道 (60-69)
駿河健康ランド (70〜)
清水駅 (73〜)
静岡 (75〜)
宇津之谷トンネル (78-80)
島田駅 (83)
大井川 (84〜)
金谷 (86)
菊川 (87〜)
掛川駅の北 (89)
袋井 (90〜)
天竜川 (95〜)
到着 (97【最終回】)

東京>浜松=12(横幅520).jpg
◆◆ 加藤直之・浜松いきツーリング フォトレポート001 ◆◆
 ぴ。ぴ。ぴ。

目覚まし時計が鳴ったのは午前4時。
撮影担当の妻はもう起きていた。
冷蔵庫から氷を出して複数のステンレス製水筒にカランカランとつめている。
その盛大な音を聞きながら顔を洗いトイレに入る。
まいどのことだが早起きをすると「大」は出てくれない。
食欲もない。
身体がまだ目覚めていないのだ。
いつもは午前9時ごろに起きるから、5時間も早いことになる。
バナナを一本口に入れ、途中で食べるために菓子パンをひとつバッグに入れる。

 5時10分前。
徒歩で自転車を置いている僕の仕事場のあるビルに向かう。
松永部員はすでに到着していた。

 さっそく自転車を外に出し、車輪を外して車に詰め込んだ
動かないようにマジックテープで各部を固定する。
 今回は、モデルの僕、撮影担当の妻、そしてドライバーの松永部員の3人が車に乗っていくから、自転車の収納スペースはけっして広くない。
なんとかバッグやヘルメットも一緒に押し込んで準備完了である。

 出発前の記念撮影だ。
むかって左がドライバー(車の持ち主でもある)の松永部員、右が僕。

天気予報によれば昼には暑くなるらしいが、この時点ではかなり肌寒い。
服装は幹線道路でも目立つように、ユニクロの安売りで買った真っ赤なドライ素材のシャツ。
下もユニクロで買った半ズボンだ。
自転車専用のウェアに単色は少ないし、真っ赤なものもなかなか発売されないから、色のバリエーションが多いユニクロ製品はなかなか便利なのだ。
予定通り5時に出発する。

 東名高速に乗るために環状八号線を南下する。
出かけた直後はまだ車も少なかったが、だんだんトラックが増えてくる。
最後には囲まれてしまった。
自転車でスタートして最初に走る国道246号はトラックも多く、けっこう怖いという情報もある。

不安が増す。
(つづく)

◆◆ 加藤直之・浜松いきツーリング フォトレポート002 ◆◆
 思ったほど時間はかからずに東名高速に入ることができた。
自転車を趣味にするようになってから車を持つのはやめたから、東名も久しぶりである。

 カーナビはとても親切に音声でいろいろ教えてくれる。
最近、ハンディGPSでも、タッチパネルを採用したコース検索機能が付いた製品が発売された。
今回のツーリングに合わせて導入しようかという提案が松永部員からあったが、残念ながら内蔵電池が4時間ほどしか持たないらしい。
だからいつもの(少し古い)GPSを使うことになったのだが、しかしこれが後でとんでもない結果を生む。

 自宅から車を運転してきてくれた松永部員も眠そうだ。
トイレ休憩を兼ねてコーヒーを飲むことにする。
この時点で僕はまだお腹が空いていなかった。
車から出たら、外はとても寒かった。

 東名を1時間ほど走って、松田方面の出口に向かう。
自転車で杉並から走ったときは約5時間弱かかったから、やはり車は速い。
(つづく)

◆◆ 加藤直之・浜松いきツーリング フォトレポート003 ◆◆
 6時30分新松田駅に到着。
いつもは登山客で賑わう駅も、平日のこの時間は閑散としている。
前回も前々回も駅前での自転車の組立や折畳み作業は、写真向かって左端、交番の前の狭いスペースでできたが、今回は車だから長くは停めておけない。
自転車を車から出し、急いで組み立てる。

 前後の車輪を外すと、自転車はこんなに小さくなる。
車輪は車軸を固定するレバーを緩めるだけ。
ワンタッチで外れ、また元に戻すことが出来る。
作業そのものは難しくない。
目の前にある観光案内のポスターやバスの発券所も、田舎風で趣がある。

 バッグや水筒、サイクルメーターを自転車に固定し、自分もヘルメットを被り、日焼け止めのアームカバーや手袋を身に付けた。

いよいよ浜松へのロングツーリングに出発である。
(つづく)

◆◆ 加藤直之・浜松いきツーリング フォトレポート004 ◆◆
 と、その前に撮影担当の妻を紹介しよう。
妻は僕より写真がうまいし、自転車の長距離ツーリングにも慣れているので適任なのだ。
カメラはキヤノンEOS kissDX。
レンズはEF-S17-85mm F4-5.6 ISUSM(35ミリ判換算で27-136mm)。
手ぶれ補正機能内蔵である。
妻は伴走車のナビも担当する。
今回のコースは自転車が走れないバイパスや幹線道路を避けるため、時には曲がりくねった裏道も使うことになっている。

 僕が肩からストラップで斜めに下げているのは、このツーリングのために購入したフジフィルムのコンパクトデジタルカメラF100fdである。
明暗差の大きい風景を撮るのに便利な機能がついているということで選んだ機種である。
自転車用の手袋をしたままで撮影しやすいように、手作りのグリップを両面テープでボディに接着してある。

 6時38分。
出発
(つづく)

◆◆ 加藤直之・浜松いきツーリング フォトレポート005 ◆◆
 新松田駅から北に向かう
正面向こう側、山の裾に沿うように東西に走る国道246号線がある。
真東から延びてきた東名高速は、北からの246号とここで交差し、ここからしばらく東名と246号は、御殿場線や酒匂川に沿うように山中に入っていく。

 246への合流地点を目指す。
左折のため左手を水平に横に上げる
手信号である。
車からもわかりやすい。
左側に電柱などがあって、腕がぶつかりそうなとき(ぶつけると痛いし恥ずかしいから気をつけよう)は逆側の手、右手を肘で垂直に上に曲げて左折の信号とする。

いずれも小学校でも習うルールである。
この手信号を実行するかしないかでドライバーへの心証はかわってくるし、すれば自分の安全に繋がる。

 6時42分。
前方に246号の高架が見えてきた。
このまま高架の下をくぐり、左にカーブしていくと、246号に右側から合流することになる。

 新松田駅からの走行距離1.2キロ。
巡航速度は時速25〜29km。
若干登り坂。
僅かに追い風。
(つづく)

◆◆ 加藤直之・浜松いきツーリング フォトレポート006 ◆◆
 青信号を待って右折。
246号に入る

 246号は、神奈川県と静岡県を結ぶ、いちばん手っ取り早いルートである。
車なら東名高速が246に沿っている。
しかし、高速道路を走れない自転車(や経費を節約したい大型トラック)はここが便利だと本で読んだ。
箱根越えも検討したが、登りが半端じゃなくキツイらしい。
斜度を減らすために道も曲がりくねっている。
結果として走行距離も延びる。
浜松にたどり着けない可能性がある。

 そんな246号は、東京からは厚木、秦野盆地を抜け、そしてちょっとしたを越えたあと、松田付近に出る。
今回自転車でのスタート地点に選んだ新松田駅は246号からは少し南にそれた場所にあり、新松田に用事がなければ、峠を越えた後は道なりにまっすぐ西へ道を下ればいい。
そしてこの庶子交差点を通過する。

 それでも標高はまだ少しある。
 朝日を背中に浴びながら西へ走る
道の左側、下に見えるのは松田の住宅街だ。

 246号も秦野あたりまでは我が家の周りにいくらでもある街中の幹線道路といった趣だった。
しかし秦野盆地を抜けると、いつの間にか、登坂専用車線まである、ちょっとした峠道へと変わっていた。
普段僕がサイクリングを楽しむ埼玉県の峠道と違って、ただひたすら真っ直ぐな登り坂。
頂上が下から見えるから、目標がわかって励みになるのがいい。
下りでは、「車の数が少なければ」という条件付きだが豪快なダウンヒルが楽しめる。

 坂を下りきると、また普通の幹線道路に戻る。
(つづく)

◆◆ 加藤直之・浜松いきツーリング フォトレポート007 ◆◆
走りやすい道が続く。

 この写真の後、伴走車は僕を抜いて先に行った。
自転車と車は巡航速度が大きく違う。
よっぽど車が少なければ別だが、この後も伴走車は、

  「適当な撮影ポイントを見つけて停車」
    ↓
  「そこで僕を待ち、通り過ぎるところを撮影」
    ↓
  「車に戻り、後ろから追いかけ横を通過しながら撮影」
    ↓
  「しばらく先に行って適当な撮影ポイントを見つけて停車」

の繰り返しである。

 7時5分前。
コンビニの駐車場を見つけ、僕を待つ伴走車から妻が撮影した店前の風景
しかしこの時、僕は別の道を走っていた。
(つづく)

◆◆ 加藤直之・浜松いきツーリング フォトレポート008 ◆◆
 事前の調査では、御殿場線沿いの246号は大型トラックが多く、ネットには「自転車で走ってとても怖い思いをした」というレポートも掲載されていた。
そこで、246号に沿って側道がある箇所では、なるべくそちらを走ることにした。
しかし前もって用意し妻に渡した道路地図は静岡県のもの。
県境のちょうどこの辺りは掲載されていなかったのだ。
だから妻は、普通に僕が246号を走っているものと思っていた。

 7時10分前。
僕は御殿場線の横、旧市街を走っていた。
朝早いからまったく人通りがない。

 御殿場線の山北駅に到着。
この駅には一度来たことがある。
友人に誘われたサイクリングで、待ち合わせ場所に使われたからだ。
つまり、このあたりまでは僕も走った経験があり、側道への道順もよくわかっていた。

 ここで妻に電話。
側道を走っていることを伝える。
去年の夏、僕ら夫婦は携帯電話をドコモのFOMA(フォーマ)にした。
今年、携帯電話の家族間通話が無料になった。
もともと僕はサイクリングで使うために携帯電話を買ったのだが、今回ほど役に立った経験は過去にない。

 この道の先を左にカーブして御殿場線の線路の上を越えて246号に復帰する。
ゆるやかな登りである。
そしていよいよ恐怖の体験が……。
(つづく)

◆◆ 加藤直之・浜松いきツーリング フォトレポート009 ◆◆
 樋口橋交差点246号に戻る。
何年か前に友人達と走ったときは、樋口交差点をそのまま真っ直ぐ南へ抜け、神奈川県に戻ってサイクリングを楽しんだ。
 今回は右折。
ここからは、地図でしか知らない、初めて走る道だ。

 しかし、この時、僕は、予定していたコースとは違う道を走っていた。
違っていることに気付かないまま。

7時04分。
奇麗な舗装。
わずかに登り坂。
巡航速度は時速29キロ。
新松田駅からの走行距離7.9キロ。

 今回、ハンディGPSに登録した浜松行きのコースは、関連図書を参考にしながら、長年使い慣れた愛用の電子地図を使って作ったものだ。
GPSとの連携もバッチリである。
いや、GPSとの連携が可能だったから使い続けることになった、といってもいいだろう。

 パソコンは1995年に買った年代物。
電子地図そのものも2000年版である。
古い。
しかし使い続けているのにはもう一つ理由があった。
この電子地図はこれ以降、ネットで使う方向に商品展開をしていたからである(仕事で使うパソコンはネットには繋いでいないのだが)。

 さすがに8年も前の地図では不安もあったので、念のために市販の静岡県の道路地図を買った。
残念なことに246の樋口橋交差点付近は県境のためか詳しく載っていない(後で神奈川県の道路地図も立ち読みしたが、似たようなものだった)。

 そこで初心(?)に戻り、愛用の電子地図でもう一度検討した。
 246号もこのあたりは、谷の右側に沿ってカーブする比較的走りやすい道に見えた。
じっさい走りやすい道なのだろう。
走っていれば。

 でも僕はその道ではなく、樋口橋交差点から真っ直ぐ西へ、左右に曲がる川が流れる谷の真ん中を突っ切るように「電子地図が発売された後に新しく作られた246号」に進入していたのだ。
 高架道路である。
距離は短くなるが、周りに民家はない。
歩道もない。
ネットでは「走るのが怖くて最後にはパトカーを呼んで先導してもらい引き返すことになった」という報告まであったという道が、この新しく作られた道であることを、僕はその時点ではまだわからなかったのである。

 最初に、ネットでこの報告を読んだときは、さすがに僕も驚いた。
大丈夫なのだろうか?
 僕がコースの参考にした本(2005年に出版)には、そんなことはぜんぜん書いていなかったから。
 その位置を特定するため、電子地図を繰り返し見ることになった。
トンネルの場所はすぐにわかったが、トンネルを出た後にあるべき橋の位置がわからなかった。
それもそのはず、わからなかったわけだ。
橋とは高架のことであり、高架は僕の地図には載っていなかったのだ。

 樋口橋交差点の構造も、新道が旧道を塗りつぶすように大きく作り変えられていた。
普通に走っていると、車は(そして土地勘のない僕は)自動的に新しい高架道路に誘導される。

 地図に載っていた246はすでに旧道になっており、そこへは裏道さえ使えば簡単に出られるのである。
しかしこの裏道は、かなり詳細な地図でしかわからない。

 この写真のトンネルが、ネットに報告されていた「恐怖のトンネル」らしい。
 ここまでは、まだ車の数も少なくて走りやすかった。
車が多ければ、この時点で怖い道だと気付いていれば、最後にもう一度、旧道に逃げるチャンスがあったのだが。
 その最後のチャンスとは、上のトンネルの写真付近の新鞠子橋交差点である。
伴走車が撮影した上の写真には交差点は見当たらないから、これは交差点を通過した直後に撮ったのだろう。

 グーグルマップでは新道と旧道が、ちょうど「接するような形」になっている。
誰もがわかるような急角度で交わっていたら旧道への交差点であることがすぐにわかったに違いない。
事実、古い地図ではT字路だ。
ここでも新道を真っ直ぐになるように作りかえたことで、 側道へ退避する機会が失われたのである。

 そうだ、ここで説明しておく必要があった。
僕は最近、新しいノートパソコンをネット用に購入した。
それまでは仕事場のパソコンと同じように、2000年に購入した古いノートパソコンを使っていた。
このパソコンも年代物で、グーグルマップをみることができない。
今はちゃんと見ることが出来る。
だからこのレポートでもグーグルマップにリンクする形にしてある。

 話を元に戻す。
 本来なら、新鞠子橋交差点の前後の高架道路には、「自転車走行禁止」の標識を立て、自転車は旧道へ誘導する看板を用意するべきだろう。
現に246号もこの少し西や、これから走る東海道では、そんな箇所がたくさんある。
比較的新しい道路で、道路行政が追いついていないのかもしれない。

 このトンネルを抜けるころから、大型トラックに追い抜かれることが多くなってきた。
途中にある信号のせいか、車は団子になって走ってくることが多い。
大型トラックも何故か連続して通過する。
いやそういうふうに感じただけで、実際にはもっと少なかったのかもしれないが。

 こうして僕は、まさにネットで読んだ恐怖体験を自分でも味わうことになった。
(つづく)

【まとめ】フォトリポート10-19

+70(ヘッダ)東京>浜松.jpg
◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート010 ◆◆
 写真を撮る余裕などまったくなかった。
しかし、そんな恐怖体験は、妻が僕に持たせてくれたICボイスレコーダーにすべて録音されていた。

夕方、松永部員と共に車で東京に戻った妻は、自宅で
 「こわいよー、こわいよー」
と呟き続ける録音された音声をとても楽しんだそうだ。

ぼくも、この経験はレポートの目玉になるかも、と内心ほくそ笑んでいたのであった。
終わった後だから言えるのだが。

 高架道路には歩道など一切ないことは前回書いたが、それだけでなく、路肩もまたひどい状態だった。
路肩を示す白線は、車がそこを乗り越えないようにと、わざと凹凸加工が施されてあった。
だから、凹凸加工の上を走ると、「ごーっ!」という音とともに、ハンドルをすごい振動が襲う。
さりとて、その白線の道路の外側(道の端)を走ろうとすると、そこには網目状に穴が開けられた鉄板でふさがれた排水口があって、自転車全体が「がたんどかん」と上下に揺れる。
せめてその鉄板が道路面と同じならいいのに、わざと少し奥まった、一段低い箇所に取り付けられていて、大きな段差ができていた。

 「ごーっ」の白線と「がたんどかん」の排水口の間には、幅数センチの空間しか残っていない。
後ろからトラックにあおられながらその隙間を走りつづけるのは不可能だった。
それならば、少しでもトラックから距離をとれる「がたんどかん」の排水口を乗り越えるほうが、パンクの危険は増えるが命の危険よりもマシである。

そんなこととは露知らず、妻はのんきに清水橋そばのコンビニ前で僕を待っていた。

 そのときに後方を振り返る形で撮影された写真には、複雑にからみあった道路の配置が見て取れる。
赤いトラス構造の高架が東名高速だ。
かなり高い所にある。
これだけ高ければ高低差は少ないのだろう。
その下、こちらに坂を下ってくる道が246号である。
 向かって右側、緑の壁の付け根に、旧道から246に出る小さな交差点がある。
それがこの写真の手前側。

 僕が使っているハンディGPSは、液晶がまだモノクロ時代のもので、今回のように、川、東名高速、鉄道、新246、旧246が複雑に絡んでいると、設定したナビ用のルート表示が他の線に紛れてとても見にくい。
 ミスコースどころか、自分がどこを走っているかも把握しづらかったから、前方に、左から側道が合流する小さな交差点があり、その先に歩道をハッケンしたときには、心底安心した。

 歩道でGPSの画面をゆっくり確認する。
そろそろ左折して246から離れる箇所に近づいているように思ったからだ。
 だが、左折する箇所は、まだずっと先だった。
恐怖体験が、実際に走った距離よりも長く感じさせたためだろう。

 予定になかった新道を走ってきた僕は、ここで伴走車の前でカメラを構える妻を発見。
 「へばったー」
 小さな声だった。
大きな声を出す元気はもう残っていなかったのである。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート011 ◆◆
 恐怖体験直後の様子である。

 疲れ果てている
このレポートを書くのにも疲れたけどね。
だから今回は文章もこれだけ。

 それでも出発する。
先はまだ長い。
 新松田駅から11.9キロ。
登り坂。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート012 ◆◆
 というわけで長く綴ってきた恐怖体験だが、タイミングによってはまったくそんな経験をせずにすむ可能性もあった。
現にこの時点で車は一台も見えない
走っているのは僕らだけだ。
 その後も一箇所、トンネルを通ったが、歩道があったように記憶している。
確証はできないけど。

 しかし、二度と怖い思いを経験をしたくなかった僕は、歩道があるなら、どんなに狭くて荒れていても歩道を走る気になっていた。
歩道があるということは、ここは古くからの道で、つまり生活道路ということなのだろう。

 その歩道も、拡張工事をしているらしい。
周りの風景も、いつしか街中の幹線道路という雰囲気に戻っていた
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート013 ◆◆
 普通の道に戻って、僕は少し元気を取り戻している。
予定では、この先にもう怖そうな道はない「はず」だからだ。

 それでもいちおう、念のために歩道を走ることにした。

 246号はさらに西へ、山奥へ向かうが、自転車はここから先通行禁止になっている。
そこで左側、しばらくは川沿いの県道を使うことになる。
川沿いには鉄道も走っているから、きっとこちらが旧道なのだろう。

 7時26分。
新松田から14.6キロ。
まだまだ登り坂。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート014 ◆◆
 その頃、伴走車は、先に県道に入り、富士山を見つけていた
妻とは前もって打ち合わせてあった。
静岡県に入ったら「富士山を背景に写真を撮りたいよねー」と。

 伴走車は道の脇に空間を見つけて僕が来るのを待っていた
少し先に、富士山を背景に写真を撮れそうな場所があったからだ。

大型トラックは皆246に行ったのだろう。
来たとしても、道路全体は空いているので、充分な間隔を空けて追い抜いてくれる。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート015 ◆◆
 僕も富士山を見つけていた。
登り坂の向こう、真正面に富士山が見える。
記念に撮影した

 こちらは伴走車が撮った写真。
走りながら富士山を撮るため、僕は肩から下げたカメラに右手を伸ばしている。

 伴走車は、その後も何枚か富士山を背景にした写真を撮りながら、の後ろをゆっくり走っていた。
 前方に『御殿場まで10キロ』の標識が見える(この地図はその地点)。
そこを右に行く。

 7時31分。
新松田から16.1キロ。
巡航速度は時速21キロ前後。

風景を楽しみながらの比較的のんびりした速度だ。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート016 ◆◆
 突然、伴走車が僕の目の前で左折した
 慌てて後に付いていく。

 富士山との記念撮影を終えてから、ついコースの確認を怠っていたのだ。
ありがたく伴走車の先導で走る。
ヨーロッパのロードレースでもよく見る光景だ。
パンクで遅れた選手がチームカーに先導されて走る、そんな気分をちょっぴり味わった。

 川を渡り、踏み切りで線路も越える。

 『足柄街道』の標識があった。
僕でも知ってる有名な道だが、見た目はどこにでもある普通の道だ。
歴史上、重要な場所なのだろうか。
何となく、そんなことを考える。

 ここから先は、静岡県のサイクリングお勧めコースを紹介した本にあった道を一部利用している。
ただ「移動」するだけに使うのは、ちょっともったいない気がした。

 登り坂の途中で伴走車が止まった
 妻が出てきてカメラを構える。
坂の傾斜がきつくなったのを写真に撮りたかったらしい。
は車のすぐ後ろを走っていて距離もないから、妻の動きも慌ただしい。

 朝日はまだ山の向こうだ。
陰になった道はまだ少し暗い。

 友人達と峠に通った経験が生きている。
余裕があった

 巡航速度は時速17キロ前後。
 GPSが記録した高度250メートル。
新松田駅が高度30メートルだから、じわじわと200メートル以上登ってきたことになる。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート017 ◆◆
 さらに南へ進みながら高度を稼ぐ
ほぼ川沿いだから、斜度は思ったほどではない。

 ここで、登り坂のことを書いておこう。
 目的地に移動する途中で坂があれば、それを登るのは当然のこと。

 しかし、山を目指してわざわざ自転車でに登りに行く姿は、一般の人から見ればやはり奇異に映るらしい。
この文章を書いている時点で先週のこと。
埼玉県の峠道で仲間と休んでいたら、通りかかったハイキングの人たちに驚かれた。
バッグの中身を含めて重さ10キロ ほどの自転車は、たとえ車輪がついていて転がせるとしても、けっこう負担になる。

 では何故、そんなに苦労しても登るのか。

 頂上に到着したときの達成感。
 登った後の豪快な下り。
 夏でも涼しい(時には登っている最中でも)。

 どれも登りの辛さに比べればたいした理由ではない。
 けっきょく、非日常を求めているのだろう。

 バスを見かけるようになった。
世間も目覚めたようだ。
道が混んでくることが予想された。
平日の朝は、会社に遅れまいと急ぐ通勤車の運転は荒くて怖い。
このあたりはどうだろうか?

登ってきた道の向こう側は盆地になっており、富士山からのたくさんの川は、地図で見ると網の目のようだ。
246はこの盆地の向こう側を通っている。
 我々は、御殿場線と東名、そして山裾に沿うように南下する。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート018 ◆◆
 再び御殿場線の踏切を越え、直後に東名高速の下をくぐる

 地形に沿うように作られた旧街道が発展した一般道
 傾斜を少しでも減らすことを考えてどこまでも川沿いの線路。
 ばく大な予算をつぎ込んだ高速道路。

 3本の線がこの一箇所で交差する。
 優先順位の低い一般道は、他に合わせるように、むりやり曲げられている。

 東名高速は山北辺りで二つに分れ、片方は北側の谷沿い、残りの片方は少し南側をトンネルを使うが、この先で合流する。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート019 ◆◆
 東名高速は足柄の住宅街を避けるためか、馬伏川(いわくありげな名前だ)と鮎沢川の間を、高架で高度を保ちながら右にカーブしていく。
鉄道と足柄街道は仲良く並んで足柄駅に向かう。

 御殿場線の橋脚は赤レンガで覆われていた。
いつまでもこのままの姿を保っていてほしい。

 川沿いでも、必ずしも平坦ではない。
道は川に沿って左右に曲がるが、沿わない小さなカーブもある。
それは細かなアップダウンを意味する。

 ここでは右へのカーブが、鮎沢川から離れる方向になる。
それはすなわち登り坂なのだ。
(つづく)

【まとめ】フォトレポート20-29

+70(ヘッダ)東京>浜松.jpg
◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート020 ◆◆
住宅街を抜ける
地名が違うだけのどこでも見かける景色だが、不思議に新鮮だ。
 右へ曲がる
左へ行けば足柄駅。
静岡県お勧めサイクリングコースでは足柄駅方向を紹介していたが、残念ながら遠回りになる。

 そしてこの先をすぐ左折だ。
 ところが、ここで問題発生。

 ・交差点を左折。
  ・交差点を越えてから左折。

 交差点に出てみたら、上の二つの選択肢があった。
しかし僕の地図ではここは迷うポイントではない。

 「交差点を左折」しか無かったはずなのだ。

 自転車を停めて、GPSの画面を確認したが、よくわからない。

 「交差点を左折」は少し下り坂だった。
 「交差点を越えてから左折」は登り坂。

 下りでは川に戻ってしまう。
 青信号を待ち、登り坂に向かう。
 
 僕が迷っている間に、伴走車は「交差点を左折」を選んでしまっていた
 伴走車が駐車場を見つけてUターンしようとしているのが横目に見えた。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート021 ◆◆
 ここからは尾根方向へ、側面から一気に登る

 きつい

 きついことはキツイが、舗装は奇麗だし道も真っ直ぐだから、 変にカーブしていて微妙に傾斜が違うよりも、一定の負荷で登り続けることができる。
ギアチェンジの必要もない。
クランクの回転に集中できる

 幸い車はほとんど来ない。
歩道には『自転車走行可』の標識も立っているが、境界部分には段差があり使いづらい。

 速度は時速10キロまで落ちていた。
 7時49分。
新松田から33キロ。
GPSでの高度356メートル。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート022 ◆◆
 そんな時、前から女子高生(女子中学生かも)が!

 つまり、この女学生は、下校時には、僕が登っている坂を同じように登ることになる。

 すごい。

 気持ちを察した妻が、写真に撮る
 以心伝心である。

 気持ちを切り替えて、頑張って登る

 そして、いちばんキツイ箇所をなんとか登りきったのだった。
 GPSでは高度374メートル。
今回のサイクリングでの最高地点408メートルまでは、あと2キロほど登る。
 (つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート023 ◆◆
 それほど傾斜はきつくない
 脚も回復し、速度は時速20キロ以上にまで戻っている。

 工事中の箇所があり、『徐行』の看板があった。
ペダルの上で伸び上がって坂の向こうを確認。
車が来るのが見えた。

 念のために路側帯を走る

 道路の端に白線がある場合、そこから外側を『路側帯』と呼ぶ。
歩道の代わりだが、道交法によって自転車は走行できることになっている。
車は走行禁止だ。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート024 ◆◆
 ここは道の傾斜がきつくなっていた。
 それでもなるべく勾配の少ない場所を選んで道を作ったのだろう。
両側は急斜面になっている。
緑もそのままだ。

緑のトンネルを抜けると、風景はがらりと変わる。

 正面、真西に富士山が見える
この後、道は富士山を避けるように左へカーブしていく。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート025 ◆◆
 7時57分。
すれ違う車の数が増えてきた

住宅街に入る。
御殿場駅も近い

 伴走車はコンビニの駐車場で僕を待っていた。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート026 ◆◆
 8時00分。
走り始めて約1時間半。
最初の小休止である。
新松田駅から24.5キロ。

 今回のサイクリングではここが最も標高が高い。
GPSでの高度408メートル。
 後は海岸まで下りだ。

 水筒にまだはたっぷりある。

 今回は、ドライバーをつとめる松永部員のための休憩である。
前にも書いたが、埼玉県のご自宅から東京の杉並、さらに新松田まで。
そして撮影のため何回も停車、待機の連続はかなりこたえたらしい。
 僕もパンをわけてもらって口に入れる。
撮影があるから僕だけ先に出発するわけにもいかないのだ。

 トイレも無事に済ませ、10分ほど休憩して出発する
知らない場所を走るのに、コンビニはとても便利だ。
トイレのある公園を探して四苦八苦するすることもない。

 車の数がさらに増えている。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート027 ◆◆

 コンビニを出てすぐのところに板塀を発見。
写真に撮る

 僕が住んでいる東京都杉並区の下井草は、旧早稲田通り沿いにある。
 高田馬場から西へ一直線に延びる早稲田通りは、下井草の南側で「新」と「旧」に分岐し、「新」はそのまま西に向かい環状8号線に出るが、「旧」は駅の南側で北に大きくカーブする。
石神井公園の手前では、バスのすれ違いも難しくなるほどの曲がりくねった細い道になっていて、最後はバスさえ入れない狭い道となる。
 そんな、細いけれど有名な道は、道の成り立ちをいろいろ想像できて、僕は大好きだ。
足柄街道みたいな道は、実はどこにでもあるのである。

 今の下井草に板塀は殆どない。
そもそも家屋や店が軒を接していて、通り沿いには塀を建てる余裕もない。少し脇に入ったとしても殆どはブロック塀である。

 昭和30年ごろに撮られた下井草の写真を見ると、駅前には田園が広がっている。
下井草は西武新宿線の駅の一つで、この鉄道は肥料を運ぶのにも活用されたのだそうだ。
 牧場もあった。
近所に榎本電機という名前の比較的大きな店があり、僕はそこでよく電化製品を買っているのだが、以前、牧場を営んでいたと聞いた。
荒川上流にある、おいしいアイスクリームで有名な榎本牧場と、なにか関係でもあるのだろうか?

 実はもう一つ、加藤家は下井草に大きなつながりがある。
僕の祖母(父の母)が長く下井草の線路沿いに住んでいたのだ。
小学生の時、遊びにいった祖母の家。
夜、線路を走る車輪の音が遅くまで聞こえていた。

 そして僕の育った静岡県の浜松市鴨江町は、城下町にあった鴨江寺の広大な敷地が住宅地用に売られた場所にある。
僕が育った家の数十メートル先にはゴルフ場まであった。
家にはゴルフクラブがたくさんあり、僕ら兄弟は「バット・マスターソン」ごっこをしてよく遊んだものだ。
玄関のある南側は生け垣で、北側の勝手口は板塀の家が並んでいた。

 前置きが長くなったが、そんなわけで僕は板塀にはとても郷愁を感じるのであった。

 8時14分。
道は少し渋滞ぎみ。

 御殿場の中心街を抜けて、これから裾野(すその)方面に南下する。
富士山の裾野。
その名前通りに滑らかな勾配を、ここから距離で20キロほど下ることになる。

 永原北交差点から先は、道が少しだけ広くなっている。
ここからは制限速度も時速50キロだ。
そのせいか、車の数は目に見えて減っていた。

 8時20分。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート028 ◆◆
建物の隙間から箱根の山々が見えた。
手前は黄瀬川だ。
地図で見ると、山と川の間にはゴルフコースくらいしか存在しない。

 道の勾配はなだらかで、だからか両脇には建物が連続する。
眺望はあまりよくない。

 巡航速度は時速40キロ前後。
ときどき45キロくらいまで上がるが、道は走りやすく不安はない。

 車が少ないから、伴走車は撮影しながらそのまま僕の後ろを走っていた。

 右(西)側、1キロほどのところに246号が平行に走っている。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート029 ◆◆
 気持ち良い下り坂が続く。

 傾斜が緩やかだから、峠の下りのようにブレーキをかけつづける必要はない(もっとも下りが巧い人はあまりブレーキをかけないものだが)。

 僕はロードバイクにブルホーンバーという種類のハンドルを付けている。
下り坂では深い前傾姿勢をとる必要があるドロップハンルと違って、減速から急制動まで、一番楽な姿勢を保ったままで、ブレーキをコントロールできる。
 そのかわりにブルホーンバーには欠点もある。
ドロップハンドルほど様々なポジションをとることが出来ない。
じつは僕は、手首が弱い。
酷使するとすぐ腱鞘炎になってしまうのである。
そこでブレーキレバーの扱いやすさを優先したのだった。

 傾斜の変化に合わせて時々ペダルを漕ぐ力を調整し、一定の速度を保つ。

 道もまっすぐだ。
峠の下りは普通九十九折りになっていることが多いのだが、ここは違う。
カーブの向こうからいきなり車が、なんてこともない。

 いつまでも下っていたい気分だった。

そんな時。 
 徐行の標識があり、道が左にカーブしていた。
路面には平行に黄色いラインがペイントされている。

 残念だが、速度を落とす。
(つづく)

【まとめ】フォトレポート30-39

+70(ヘッダ)東京>浜松.jpg
◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート030 ◆◆
 裾野市に入る
 下り始めて15分
距離にして約8キロだ。

 黄瀬川沿いに南下してきた県道は、ここで右にカーブし、同じく久保川沿いに南下し、左にカーブしてきた246号と少しだけ合流する。

 駅の傍は交差点も多い。

 伴走車のダッシュボードにカメラを構える妻の姿が映り込んでいる。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート031 ◆◆
県道394号は、右から近づいてきた246号にちょっとだけ合流するが、すぐにまた御殿場線と一緒に沼津駅へと向かう。

 246は相変わらずすごい交通量だ。
こんなとき、旧道の存在はとてもありがたい。

 ここで地図から246号と県道の関係や、その成り立ちを少し想像してみよう。

 まず、川沿いの狭い谷部分に、昔の街道があった。
それが今の県道394号だ。
 この県道沿いに、鉄道の御殿場線が作られた。

 街道が手狭になったとき、西側の山、愛鷹山の裾沿いに今の246号が作られた。

 関東と静岡県を結ぶために新たに東名高速が作られることになったとき、246から更に山側の、工事は大変だが最短距離をとれる場所が選ばれた。

 新たな二本の主要道路ができたおかげで、旧街道、つまり今の県道は、自転車にとってとても走りやすい道となった。

 当たってるかな?

 自転車が走りやすい道を探すことは、歴史を肌で感じる作業かもしれない。

 県道から246号へ進入する車の数は、上下線とも、その逆よりはるかに多いことがわかる。
沼津から御殿場へ、逆方向に自転車で走る場合には、写真に写っている歩道を使うのがよさそうだ。

 東から延びてきた電線が246号ですっぱり切断されたようにも見えるのが面白い。

 再び県道に入ったあとは、車道に出てダンシングで加速する。
同時に伴走車も加速して僕を抜く。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート032 ◆◆
 伴走車が、例によって空き地で僕の通過を待つ。
 
 8時44分。
新松田駅から39キロ。
 GPSでの標高142メートル。

 撮影を終えた伴走車がに追いついた。

 ちょうどその時、白いワンボックスカーが……。

を抜いていく。

 そのまま白いワンボックスカーに付いて走ることになった。

 右へカーブする場所では、制限速度は40キロになっている。
 ワンボックスカーとともに、時速35キロまで減速した。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート033 ◆◆
 信号待ち。

 青信号で出発
 車は加速が違う。
いつもなら一緒に加速するところだが、まだ先は長い。
無理はしない

 道は微妙に右左にカーブしている。

 それとともに、傾斜も微妙に変化する。

交差点をひと足先に超えたワンボックスカーは、加速して離れていった。

 一緒に走って7分ほど。
楽しんでいただけたか、それとも迷惑だったか。
とにかく、ペースメーカーになってくれて、ありがとう。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート034 ◆◆
8時56分

8時57分

8時59分
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート035 ◆◆
大きな標識が見える。

 県道は、このまま線路沿いに沼津駅まで延びている。
しかし、沼津駅は大きな駅だ。
周りは混雑が予想される。
 そこで、少し手前で右折し、地図で見つけた山側の裏道を走ることにしていた。
 その裏道はくねくね曲がっていたから、車は少ないと考えたのだった(間違いだった)。

 右折するのは鮎壺交差点だ。
 曲がるタイミングを見逃さないように、

  「鮎壺で曲がる」
  「鮎壺で……」

 と念仏のように唱えながら走っていた。
 真っ直ぐな道では、「調子に乗って」曲がるべきところを通り過ぎてしまう事が、これまた本当によくあるのだ。

 伴走車にも見えるように、念のために交差点の手前で停車することにした。

 信号が変わるのを待って横断歩道で右に渡る
(道交法では、横断歩道では、自転車は降りて押さねばならないんだけどね)

 渡りきったところで、信号が変わるのを待つ
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート036 ◆◆
 地図でしか知らない裏道に突入する。
 ま、そんな大げさなものでもないのだが。

 時刻は9時ちょうど。
新松田駅から46キロ。
GPSでの標高18メートル。

 距離にして20キロほどを、時速40キロ前後でずうっと下ってきたあとだから、一瞬その静けさに感動する。

 いわゆる、どこにでもある生活道路だ。
 センターラインも無い。

 クルマも軽自動車が目立つ。

 前を走るママチャリに付いてのんびり走る

 ママチャリが脇道に曲がっていった。

 ちょっぴり速度を上げる
時速24キロくらいだ。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート037 ◆◆
 少し行くと、東京ではあまり見かけない、僕好みの道になっていた。

 「住宅街」というよりは、「民家が道沿いに並ぶ」と表現するのがふさわしい。

 似たような風景がある場所としては、例えば、

 埼玉県の嵐山町
 茨城県霞ヶ浦北岸の沖宿町
 福島県の南会津

 どこもサイクリング・イベントで走ったところだが、探せばきっと、まだまだいろんなところにこんな道があるだろう。

樹が茂り。
日陰が続く。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート038 ◆◆
時刻は9時3分

 山裾沿いだが、実はまだまだ下り坂

 時速30キロくらいで快調に飛ばす
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート039 ◆◆
 と、そんな時、いきなり目の前に巨大な交差点が出現した。

 長距離のサイクリングで道に迷わないコツは、とにかく曲がり角を間違わない、と認識していた僕は、今現在走っている道は「多少カーブはあるが、道なりに真っ直ぐな細い道」だと考えていたから、その大きさにビックリ。

 何故こんなところに、こんなに広い道があるのー??

 帰宅後に確認してみたら、交差する広い道は、246号なのであった。

 246号は県道の西側を平行に走っているが、ぼくが鮎壺交差点で右折したように右にカーブし、(そこは裾野バイパスという名前だ)この交差点から北に700メートルほどのところでいきなり左折して沼津市街に向かう。
どうやら246の一部でもある裾野バイパスは、西側がまだ完成していないらしい。
そこで取り合えず、南に出て東海道に合流することになっているようだ。

 と、そんなことになっているとは思いもせずに、ぼくは予定通り、ただ真っ直ぐにこの大きな交差点を突っ切って進んだのであった。
(つづく)

【まとめ】フォトレポート40-49

+70(ヘッダ)東京>浜松.jpg
◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート040 ◆◆
 246号の向こう側は、登り坂になっていた。

 下りでずっと楽をしてきたから、少し息が切れる。

 倉のような建物があったので、記念に撮影する。

 古かったり、壊れていたり、朽ち果てた建物には、つい反応してしまう僕なのであった。

 走り始めて2時間半。
新松田駅からの距離49キロ。

 車がすれ違う時、片方が路肩にはみ出るくらいの狭い道だ。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート041 ◆◆
 9時10分。
裏道は、東海道新幹線の下をくぐって、斜めに線路の南側へ抜ける。
 しかしそれは車で通る場合。

自転車(や歩行者)は信号をいくつか待って、やっと、向こう側に行くことができるのだ。

 裏道は、どこまでも裏道の扱いを受けているのであった。

 そのころ伴走車は国道一号に合流する手前で渋滞につかまっていた。

 僕は歩道を使ってすぐ裏道に戻れたが、伴走車はいったん国道1号に出た後、もう一度右折して裏道に入らねばならない。

 先に行くことにした。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート042 ◆◆
 正面右側に見えるのはお寺の敷地
この裏道は山裾沿いに西へ向かっているから、右側は常に登り坂である。
 坂の途中など、農地に向かない土地にお寺が多いのは東京も同じだ。

 昔はこんな景色がどこにでも見られたが、最近はあまり見かけない。
土地に余裕がなくなったのだろう。

 この辺りは基本的に道は碁盤の目のようになっている。
 どこで左折しても海岸沿いの道に出られるが、伴走車が追いついてくる可能性があるので、予定の交差点までは真っ直ぐ進む。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート043 ◆◆
 伴走車が僕に追いついた

 左右にいきなり住宅が増えたのが写真でもわかる

 手入れされた庭が美しい
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート044 ◆◆
 左折して海岸方向へ向かう。
1キロ少しで海岸に出る。
 そこが有名な「千本松原」である。

 その前に、目の前を横切る国道1号を横断する

 伴走車は僕を抜き、予定通り右折して西へ向かう
 参考にした本では、この道も旧東海道となっていたが、グーグルマップでは、もう一本、海側にある道が旧東海道だ。
詳しく調べることはしていないが、この辺りは旧街道が枝分かれしていたのかな。

 今回選んだほうの道は、東の端が車の進入禁止になっていた。
自転車向きと判断したのだ。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート045 ◆◆
 さて、第47回日本SF大会に参加のため、レポートを少しお休みさせていただきましたが、再開であります。

 《これまでの粗筋》
 山裾沿いの裏道から離れて海岸めがけて南下した我々は、片浜駅の東側でJR東海道本線を越え、右折して有名な千本松原を西へ進んでいる。

 海岸沿い(海は見えないが)に1キロほど走ると、また東海道本線と交差する

 僕は咽の渇きを覚えていた。
 暑い。
気温も上がっているようだ。

 水筒の残りも気になる。

 そんな時、前方のコンビニに、伴走車を発見

 しかし暑さのせいか僕はここで判断を誤ってしまう。
 水筒はもう少しなら大丈夫だろう、と止まらないでコンビニの前を通り過ぎてしまったのだ

 真っ直ぐな旧街道を走る
 ますます咽の渇きが酷くなる。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート046 ◆◆
 5キロほど走ったとき、線路脇の空き地に再び伴走車を発見。
あわてて伴走車の脇で停車して、妻に水筒への補給を頼む
(写真の左、写っているのは松永ドライバーの脚)

 妻は、ステンレス魔法瓶に氷を入れてきていた。
手早く作業が進む。

 何年も一緒にツーリングしてきた経験がここでも活きていた。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート047 ◆◆
 水筒には、氷入りの冷たい水がたっぷりだ。

出発

 時刻は午前9時48分
 新松田からの距離60.8キロ
全行程の、まだ三分の一である。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート048 ◆◆
 5キロ前にあった前回の踏切では、道路がまっすぐで、線路がそれを斜めに横切っていたが、今度は、線路がまっすぐで、道路はそれにあわせる形になっていた。

 東海道本線も、ここまで来ると、我が家の近所の踏み切りとなんら変わるところはない。

 踏み切りを越えて沼津市から富士市へと入る。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート049 ◆◆
 2つに分かれていた旧東海道は合流して、ここでまた1本になる

 合流のための信号は、車を検知して「進め」になるタイプだったようだ。
横断歩道を渡って、左車線に出ることになった。

 車が多い。
1本裏側の道を走ったのは正解だったようだ。

 奇麗に舗装された道が続く。

 前方に富士市の煙突が見えてきた。

 道は田子ノ浦を避けるように右へカーブしていた。
 もう1回、東海道本線を(今度は高架で)越えて西へ向かう。
(つづく)

【まとめ】フォトレポート50-59

+70(ヘッダ)東京>浜松.jpg
◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート050 ◆◆
 新幹線からもよく見える工場群は、東海道からだと南側だ。

 何故か派手な色使いが目立つ。

 時刻は10時13分。
 静岡まで40キロ
 (つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート051 ◆◆
 だ。

看板には「潤井川」?

 ルビがふってないので漢字が読めず、正確な名前がワカラナイ。
帰った後で調べることにして写真に撮る(「うるいがわ」と読むのだった)。

 このあたりからは、本で読んだ、東京→大阪を自転車で走るときのお勧めコースをずうっと走ることになる。

 新幹線や国道一号(富士由比バイパス)は、そのまま海岸沿いに南下しつつ西へ向かい、富士川を越える。

 しかし旧国道1号、つまり東海道は、市街の真ん中を通過し、河口から4キロほどのところにある富士川橋に向かう。
西へ行くだけなら東海道は遠回りになる。

 川を渡りやすい場所の傍に街道が作られたのかな?

 交差点に婦人警官を発見。
 つい写真に撮ってしまう
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート052 ◆◆
 婦人警官が配置されている交差点の全景は、こんな感じ。

 事故が多いのかな?

 緑が目立つ塀の大きな建物があった。
後で調べたら、県総合庁舎だった。

 道路の舗装も、とても奇麗だ

 しばらく伴走車が見えなかったが、ここで発見。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート053 ◆◆
 富士川橋だ。

 本では、富士川橋は歩道を利用して渡るように勧めていた。
しかし、歩道は西へ向かって右(上流)側にしかない。
前もって道の反対側に渡るよう指示があった。

この写真は、僕が、横断歩道の手前で、信号が変わるのを待つ間に撮影したもの。

 ちょうどそのタイミングで伴走車も前方に富士川橋を発見。
妻も近づく橋を写真に撮っていた。

 横断歩道で右に渡る
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート054 ◆◆
 伴走車は、信号が青になるのを待って橋へ向かう
 
 その頃僕は、歩道を使って橋の手前まで来ていた。

 橋に付属する歩道はとても狭い。 

 偶然、伴走車が橋に入っていく瞬間が写っていた。

 伴走車が撮った橋の車道の写真だ。
 路肩はとても狭く、センターラインも黄色だ。

 本のお勧め通り、自転車は歩道を利用するほうが無難のようだ。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート055 ◆◆
 の対岸(右岸)の街は、後ろが山になっている。
東海道は、橋を越えてすぐに左折して、山裾沿いに南下。
海岸に向かう

 上流ももちろん山だ。
岩がむき出しの川底は、なかなか迫力がある。

 東京では、リベットだらけの鉄骨むき出しの橋は、今はあまり残っていない。
僕が知ってる範囲では、晴海通りの勝鬨橋や江東区に小さな橋が見られるくらいである。

 歩道はとても狭いが、幸い、歩行者や自転車は見当たらない。

 そして。
 橋を渡るときに気をつけねばならないのが、この「片側にしか歩道がない」場合である。

 進行方向左側に歩道がないからと車道を進む場合も多いのだが、橋の欄干が極端に低い橋があるのだ。
クルマなら全然問題はない。
しかし重心の高い自転車にとっては恐怖なのだ。
ちょっとふらついて、欄干に接触でもしたら、自転車はそのままで身体だけが川に落ちていくことも決してないとはいえない。
昔、大洗にあんこう鍋を食べに行った帰り、妻と二人でそんな橋に遭遇した。
欄干から少し離れた、道の中央寄りを走ったのだが、それでもとても怖かった。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート056 ◆◆
 午前10時34分。
富士川橋を渡り終えた

 ここで左折する。

 しかし、左へ渡る横断歩道が見当たらない。

 面倒だが、いったん道路の反対側に渡り、大きく反時計回りにこの交差点を抜けて、南へ向かうしかない。

 というわけで、横断歩道の信号が青になるのを待つ

 待つ。

 待つ。

 3分ほど待って気がついた。
この横断歩道は、ボタンを押さないと、青にならないのだった……。

 悔しいので、ボタンを撮影する。
 後世の旅人達が同じ轍を踏まないように。

 横断歩道を渡り、また反対側に戻るために次の横断歩道が青になるのを待つ
 (つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート057 ◆◆
 つまらないところで時間をロスしてしまったが、無事に旅を再開

 僕がボタンを押して横断歩道を渡ったせいか、車がたくさん、信号が変わるのを待っていた。

 少し走っていると。

 車道と歩道の段差が少なくなるように道路が造られていた。
しかも歩道に緑のペイントがある。
その目的がわからないのがこれまた面白く、写真に撮っておくことにした

 橋の横断歩道のごたごたでだいぶ先行した伴走車は、ここで待っていた。

 東海道本線、富士川駅前だ。

10時44分。
新松田から75キロ。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート058 ◆◆
 富士川駅前の旧市街で3分ほど小休憩した後、出発

 前方に新幹線の鉄橋が現れた。

 新幹線はこの鉄橋を越えたあと、富士川の西側にあるトンネルに突入する。
 トンネルから出るのは清水港の直前である。

 この辺りは山が海岸直前までせり出しており、海岸沿いは道路や線路が密集している。

 例えば北側から

 東海道新幹線(全部トンネル)
 東名高速道路(時々トンネル)
 旧東海道(山裾沿い)
 東海道本線(その隣)
 国道1号(海岸沿い 富士由比バイパス)

 のように並んでいる。

 というわけで、左側に見えるのは東海道本線である。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート059 ◆◆
 東海道は、平地を抜けて、僅かだが海岸から離れ、山裾を斜めに登る

 由比町だ。

 地図を見ると漁港や由比川が傍にあるが、走っている時にはまったくわからなかった。

 見た目は、細い旧街道で、

 右側は山。
 左側は昔からの住宅。

 左右はまったく見えない。

 そんなところを、競輪選手だろうか、反対車線を通り過ぎていった。

 僕は写真に撮る暇が無かったが、妻はしっかり押さえておいてくれた

 山裾と海岸が寄り添っている道の常として、細かなアップダウンが続く。
(つづく)

【まとめ】フォトレポート60-69

+70(ヘッダ)東京>浜松.jpg
◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート060 ◆◆
 旧東海道は、ここで左にカーブし、東海道本線の上を越えて、国道一号に合流する。

 今まで何とか、東海道、東海道本線、東名高速は、僅かな平地を分け合って流れてきたが(新幹線はトンネルの中)、ここから先に、そんな余裕はないのである。

 しかし、自転車で国道1号の車道を走るのはあまりに怖い。

 そこはそれ、国土交通省も対策を用意していた。

 『太平洋岸自転車道』である。

 自転車道とはいっても、実際は歩道と兼用なのだが、それでもずいぶん助かるのである。

 そこで、そのありがたい自転車道がどんなものか、前もって確認することにした。

 空き地を見つけて、自転車を停める。

 写真の中央を水平に走っているのが、歩道&自転車道だ。
 車道より数メートル、高い所にある。

 写真手前は、国道1号(富士由比バイパス)。

 写真奥側、金網の向こう側が東名高速である。

 東名高速は、由比の手前で、山を避けるように東海道、東海道本線などすべてを斜めに横断して、いちばん海岸線沿いにまで出てきていたのだ。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート061 ◆◆
 参考にした本では、旧東海道から自転車道(正式には歩行者自転車道)に出るために、押しボタン信号を使って国道1号を横断するように指示があった。

 写真の左側に見える横断歩道が、国道1号を渡って自転車道に出るための横断歩道。
 写真の右側は、国道1号の山側の歩道へ渡る横断歩道である(旧東海道に歩道はない)。

 ご存知の通り、自転車は車両だ。
左側通行である。
 例えばここから旧東海道で東京方面に行く(戻るため)には、写真右側の横断歩道を利用して、東へ向かう車道に出る必要がある。

 ぼくはこれから西(浜松)へ行くのであるから、写真左側の横断歩道を渡ることになる。

 しかし、よく見ていただくとわかるが、写真中央は、国道1号と旧東海道の分岐点なのだが、そこは、国道1号から旧東海道へ入るための「分岐」であって、旧東海道から国道1号への「合流」ではない。

 旧東海道から国道1号への合流点は、この写真を撮影している時点では、僕の真(ま)後ろにある。
 それがこの写真だ。

 写真の左側が、これまで走ってきた旧東海道だ。
僕は写真に写っているクルマと同様に、奥から手前方向に走ってきた。

 写真左端が、東へ向かう車線。
その向かって右隣が西へ向かう車線。

 つまり、僕が写真を撮っているこの場所は、中央分離帯なのだ。

 なぜ、僕は中央分離帯などにいるのか?

 もう一回よく見ていただきたい。
正面にはどこにも歩道はなく、したがって、国道1号を横切って海側へ渡る横断歩道もない。

 さらに言うと、中央分離帯への横断歩道も、ない。

 つまり、旧東海道を自転車で走ってきた場合、横断歩道を使って国道1号の自転車道に出るためには、いったん中央分離帯へ「無理やり」渡るしか方法はなかったのである。

*「ちなみに」の<1>
写真中央の、駿河ロータリークラブが立てた「歩行者に注意」の看板の下には、左向きの矢印とともに、「富士方面 歩行者・自転車」と書いた手作りの看板がくっついている。

*「ちなみに」の<2>
国道1号を東へ向かう車線には、自転車通行禁止、歩行者横断禁止の標識らしきものが写真に写っている。

 と、そんなふうに多少まごついた僕は、なんとか国道1号を横断することになった。

 いよいよ、自転車道(正式には歩行者自転車道)である。

 信号が青に変わるのを待つ。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート062 ◆◆
 こうして僕は、無事に国道一号を横断し、自転車道(正式には歩行者自転車道)にたどり着いたのだった。

 左上、一段高くなったところが自転車道だ。
 横断歩道の傍には、自転車道へのスロープも階段も存在しない。

 壁とガードレールに挟まれた狭い通路を、赤い地に白い文字で示された案内に従って進む。

 そこが多少、汚くても気にしない

 なんたって、道だけでなくガードレールまで海岸の砂で埋まった「太平洋岸自転車道」を走った(時には自転車を担いだ)経験だってあるのだから。

 さすがに、自転車で走るのはためらわれたので、ここは自転車を押して進む。

 しばらく行くと、左側に、下へ降りるスロープがあった。

 どうやら海岸に出るための通路らしいが、奥のほうは水びたしで使えないようだ。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート063 ◆◆
 閉鎖されたスロープへの入り口、のすぐ向こう側に、自転車道(正式には歩行者自転車道)への階段があった。
車道の脇に作られた狭い通路はこの先でおしまい。

 しかしまあ、階段はゴミだらけである。
ゴミが詰まったレジ袋まである。
走行中のクルマから捨てられたものが、風で吹き寄せられたのだろう。

 写真は、階段を登って後ろを振り返ったところ
 山がすぐそこまで迫ってきている。

 国道1号を横断する前に旧東海道の空き地から見えた自転車道は(レポート060、2枚目の写真参照)、東西へどこまでも延びていたように見えたが、どうやら東側は少し先で行き止まりのようだ。

 看板には

 「この先、歩道がありません。ここの信号で県道へお廻り下さい」

 とある。

 国道1号(富士由比バイパス)は、この先は自転車通行禁止で、しかも歩道はない。
 つまり、西から来た自転車が東へ行くためには、県道(旧東海道)しかルートはないらしい。

 ここからは、クルマの心配をせずにすむ区間だ。

 伴走車は、ずうっと先を行っているのだろう。

 車道を右に見下ろした自転車道(正式には歩行者自転車道)が、目の前に延びていた。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート064 ◆◆
 『機甲天使ガブリエル』入稿のため長らくお休みをいただいておりましたが、11月5日に無事に本も出て(11月1日のトークショー&サイン会も好評でした。みなさん、ありがとうございましたー)、浜松いきレポート、再開です。

 さて、前回まで。

 新松田から恐怖の246号で箱根の北側をぐるっと回って御殿場を抜け、県道でまっすぐ南へ向かい沼津で東海道に出て海岸沿いに西へ。
富士川を超えたあと富士由比バイパス(国道1号)を避け、旧東海道で由比に到着。
 ここから西は山裾が海岸ギリギリまで延びてきており、山と海岸の間には僅かな隙間しかない。
国道1号に沿った側道は存在することも許されず、自転車は、国道1号の歩道を使って西に進むしかないのでありました。
 しかしそこは国土交通省。
国道1号の歩道は歩行者自転車道となっており、その一部は「太平洋岸自転車道」と命名されている。

 その自転車道(正確には歩行者自転車道)をこれから走ることになる。

 時刻は午前11時22分。
 早朝6時40分に新松田を出発してから4時間ちょっと経っている。

 新松田からの距離87キロ。

 入り口では車道から数メートル上にあった自転車道(正確には歩行者自転車道)は、いつの間にか車道と同じ高さになっていた。

 ここでトラックが轟音をあげる国道1号を突っ走るロードレーサーに追い抜かれることになった。
もちろんロードは車道で、ぼくは自転車道だ。

*最近、「抜かれる」を「抜かされる」と言う人がいるが、これは間違いで、正しくは「抜かれる」である。
テレビのレース中継でも誤用する解説者やアナウンサーがいるくらいだから、まあそのまま定着してしまうのかも。

こっちは、上の「ロードは車道」の写真の「ロードレーサー」部分を拡大したもの。

 気がついたらロードレーサーは遠ざかっていた。

 自転車道(正確には歩行者自転車道)の舗装は決して奇麗でも走りやすくもないのだが、それでも自転車道があるのが正直、とてもありがたかった。

 こっちは、「遠ざかるロードレーサー」の写真のロードレーサーの部分を拡大したもの。

 車道は2車線あるから、これらの拡大写真でも解るようにトラックもちゃんと避けてくれている。
246号の高架部分を走るのに比べれば、いくぶんマシかもしれない。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート065 ◆◆
 しばらく走っていると、こんな場所に出た。
 この写真では、右上が国道1号(の車道)。
 写真では見えないが、国道1号の右隣に東海道本線の線路がある。

 左側の高架は東名高速だ。

 反対側には小屋が建てられていた。

 今回コースの参考にした本でも紹介されていたが、ここは道というよりも「海岸」の一部である。

 写真の右、スロープを登るとそこは再び自転車道(正確には歩行者自転車道)になっている。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート066 ◆◆
 100メートルほど走ると自転車道(正確には歩行者自転車道)が、いきなり広くなっていた。

 というより広いスペースの一部をペイントで仕切って、そこに自転車道という名前を付けただけのようだ。

 この空間が広すぎるからだろうか、コースはペイントと看板の両方でくどいほど説明されている。

 自転車道はここで、溝を跨ぐ。

 これまでの自転車道は「道」の一部。
 ここからの自転車道は「護岸工事された海岸」の一部。

 そんな印象だった。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート067 ◆◆
 「護岸」を利用した自転車道はとても広い。

 東名高速は高架のまま右へカーブし、海岸線沿いの国道一号と東海道本線の上を斜めに横切って、トンネルに突入。
海岸から離れていく

 東海道本線は山裾沿い。
国道一号はその左側の海岸沿い。
 ここに道が作られる前は、人々は、山の中にある、ずうっと細い道を使っていたらしい。

 自転車道から海岸が見える。

 東名高速と分かれてから1キロほど進むと河口にある橋に出た。
 興津川に架かった新興津橋である。
(つづく)
 
◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート068 ◆◆
これにつづく6枚の写真は、僕が自転車道(正確には歩行者自転車道)を走っている間に、先行していた妻が撮影したものだ。

 川を渡り終え、車から降りた妻が撮影した新興津橋だ。

 山が河口までせり出しているのがわかる。

 11時29分。
現れたのは、僕が抜かれたあのロードレーサーである。
 僕が遭遇してから約7分後。

 せっかくだからロードレーサーの速度を計算してみよう。

 ロードは距離4キロを7分で走ったことになる。
その速度は時速35キロくらいだ。

 ぼくはまだ現れない。

 河口を見るとサーファーがいた。

 このブログを書いているのは11月。
写真を撮影したのは5月の末だから、すでに半年も前のことなのだ。
 (つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート069 ◆◆

 ロードレーサーが橋を通過して数分後。
1人のサイクリストが、今度は西から東へ橋を行く。

 それから5分が経って、やっとぼくが橋に到着した。

 新興津橋を渡り終えたのは11時35分。
 自転車道の長さは4.25キロ。
その間の平均速度は時速16キロであった。
(つづく)

【まとめ】フォトレポート70-79

+70(ヘッダ)東京>浜松.jpg
◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート070 ◆◆
 伴走車は駿河健康ランドの駐車場に停めてあるという。

 妻と2人で伴走車を停めたところまで戻り、氷入りの水を補給してもらう

 ここで伴走車は昼食を考えていたようだが、館内のレストランは別に入館料が必要なことがわかり、じゃあもう少し先の、清水市あたりで食べようということになった。
清水駅前の交差点を曲がって最初のコンビニで待ち合わせることにした。

 4分ほど休憩して出発だ。
お腹が空いていたことに気付き、東京から持ってきていた菓子パンを食べる
ついでにこれからのコースを再度確認しておく。

 補給したばかりの冷たい水を一口

 健康ランドを出発する。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート071 ◆◆
 健康ランドを出て歩道をしばらく行くと、国道1号はふたつに分かれている。
真っすぐなのが『静清バイパス』。
分岐して右に行くのが東海道だ(写真では見えない)。

 自転車通行可の歩道を来た自転車は、『静清バイパス』の下に作られた通路(小さなトンネル)を抜けて反対側の東海道に出ることになる。

 車道を行けば、自動的に東海道へと誘導される。

 自転車から下り、徒歩で横断歩道を渡る。
クルマは1台も来ない。

 トンネルは、壁も含めてとても奇麗に手入れされていた。

 トンネルの出口には、歩行者・自転車は、出口左側にある横断歩道で東海道を横切り、北側の歩道へ渡るよう案内があった。

 出口左側の歩道は横断歩道のある箇所で終わっていた。

 指示通り横断歩道を渡る。
 振り返ると、そこの案内板には、これまで走ってきた道が『太平洋自転車道』であることが書かれていた。

 しかし東海道の北側の歩道へ渡ってはみたものの、国道1号(静清バイパス)を離れてしまえばわざわざ歩道(それも進行方向右側の歩道だ)を自転車で走る意味はない。

 自転車は左側通行だ。
もう一度、横断歩道を戻って車道左側の車線に行く。

 「案内」を作った行政は、自転車が車道を走ることを想定していなかったらしい。
歩行者と自転車を一緒くたに扱い、両方とも北側の歩道へ誘導するようになっていたのだった。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート072 ◆◆
 興津中町交差点だ。

 後で地図を見てみたら、交差点の南側の車道はループになっている。
だからこちら側に歩道を付けなかったのだろう(信号が複雑になるからだ)。

 少し行くと旧街道らしい雰囲気が戻ってくる。

 清水駅に向かって走る。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート073 ◆◆
 『静清バイパス』の北側の東海道は、東海道本線とともに、今度は『静清バイパス』(清水や静岡の市街地を避けてそのまま山裾沿いに宇津ノ谷峠に向かう)の下を南側に抜けて清水駅に向かう。

 新しい道路を後で付け足すのは、なかなか大変だ。

 東海道は清水駅駅前で右折して西に向かう(写真は2段階右折中に振り返って撮った清水駅)。
駅前を真っ直ぐ南に行くと清水港だ。

 しばらく行って、今度左折する。
このまま真っ直ぐ西へ行くと、静清バイパスに出てしまう。

 ここからは、伴走車と待ち合わせる予定のコンビニを探さねばならない。

 しかし、最初に見つけたコンビニや、その後に見つけたコンビニにも伴走車は見あたらない。
駅からかなり走ったところで念のために少し戻ってみたが、やっぱりどこにもいない。

 妻に電話したら、清水駅前のレストランで昼食を取っていたそうで……。

 そのまま静岡駅に向かう。

 時刻は12時ちょっとすぎ。
 新松田から100キロ走っていた。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート074 ◆◆
 清水・静岡間の東海道は、今回のコースの中では珍しく真っ直ぐな道である。
ひたすら走行距離を稼ぐ。

 そして清水駅前を出て30分ほど走った頃。

  「島田まで33キロ 東静岡駅まで0.5キロ」の標識を発見。

 島田駅は、以前ぼくら夫婦が浜松から太平洋岸自転車道を東へ走った時のゴール地点だ。
 それまでにも2人で名古屋から浜松まで走ったことがあるから、今回、島田駅まで走ることができれば、いちおう自転車で、東京から名古屋まで走破したことになる。

 昼食で遅れた伴走車が、東静岡駅前を通過したのは僕がそこを通過してから10分後だった。

 伴走車も先を急ぐ。
 さすがに県庁所在地の静岡だ。
大きな建物が目立つ

 12時55分。
 伴走車も静岡駅前を通過。
 (つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート075 ◆◆
 伴走車が静岡駅前を通過する頃、僕は安倍川の駿河大橋に近づいていた。

 車道の路肩はとても狭い。
ここは念のために歩道を走る。

 左に見えるのは東海道新幹線、東海道本線の鉄橋だ。

 道路標識に「島田」と並んで「浜松」の文字が現れた。
ちょっとドキドキする。

 歩道で駿河大橋を渡り終えると、何やら看板があったが、どうやら夜間だけの規制のようだ。

 そのまま歩道を行くと、コースは強制的に左側の測道に入っていくことになる。
本によると、少し先でまた東海道に復帰できるらしい。

 そのまま側道を行くと、東海道に戻るスロープがあった。
 (つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート076 ◆◆
 伴走車は、駿河大橋を4分遅れで通過

 その直後、伴走車がに追いついた。

 伴走車はいったん空き地で停車。
僕の通過を撮影する。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート077 ◆◆
 僕の通過を撮影した10分後。
伴走車はコンビニの駐車場で僕の通過を待っていたが……。

 その頃、僕は、別のコンビニでソフトクリームを食べていたのだった。

 そんなこととは露知らず、伴走車は、なかなか来ない僕を待ち続けていた。
 僕が現れたのは10分以上経ってからだった。

 ソフトクリームで元気を取り戻した僕が通過していく。

 前方には、が迫っていた。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート078 ◆◆
 海岸方向に向かう東海道本線や新幹線と分かれて、東海道は丸子川沿いに山の中へ。

 傾斜はそんなにきつくないがそこそこ距離がある。
時速18キロくらいで登っていく。

 距離で3キロ、標高で40メートルほどを登ると宇津之谷トンネルが現れる。

 右に行けば旧街道で峠を越えることができるらしい。
 今回は急ぐので、このトンネルを使う。

 トンネル入り口の両側には「道の駅」がある。

 写真に写っている北側は、トイレだけ。
 撮影ポイントとなった南側は、トイレ以外に売店と休憩所がある。

 伴走車が「道の駅」前に到着して4分後。
僕も到着

 休憩はせず、そのままトンネルに向かう
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート079 ◆◆
 宇津之谷トンネルは、下り側にだけ「自転車通行可」の歩道がある。

 歩道の広さは充分だ。
とても走りやすい。

 トンネルの出口に到着。
その横を伴走車が追い抜いていく。

 長さ800メートルのトンネルを抜けるのにかかった時間は、歩道を使って4分くらい。

 時刻は午後1時40分。
 新松田駅から114キロ。
走り始めて7時間が経っていた。
(つづく)

【まとめ】フォトレポート80-89

81(ヘッダ)東京>浜松.jpg
◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート080 ◆◆
 宇津ノ谷トンネルの両端には、そのどちらにも歩道橋があり、片側(下り側)にしかないトンネル内の歩道を必ず利用できるようになっていた。

 トンネルを抜けた後の下り坂(標高差62メートル)はそのまま歩道を使う。

 坂を下りきったところで、国道1号の下を抜けて北側の旧道へ進むことになる。
国道1号の「次のトンネル」には歩道が無いからだ。

 ここで東に向かうサイクリストが目の前を通過。
彼はどこまで行くのだろうか?

 ここから先の歩道は、自転車は走れない。
普通に車道を行く。

 コンビニの駐車場に伴走車を発見。

 駿河健康ランドで氷と水を補給してから2時間ちょっと。

 ここで休憩することにした。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート081 ◆◆
 13時54分。

 補給中

 伴走車

 10分ほど休憩

 出発する。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート082 ◆◆
 藤枝北高傍の歩道に、

   『125cc以下車輌の迂回路案内

 という案内板を見つけたので確認する。

 そこには、

 『藤枝バイパスは、自動車専用道となりますので、
 125cc以下の車輌は、下記図面に従い、迂回願います。
 自転車・歩行者は大津交差点を直進願います。』

とあった。

 しかし、すでに、その迂回路(東海道)を走って3キロも来ているのだ。
 迂回路への誘導は、迂回路に入る前に置かないと意味がない。

 自転車・歩行者への案内だとしても、肝心の『大津交差点』は、ここから距離で10キロも先の場所にあるのだ。

 なぜ、こんな中途半端な箇所に案内を置いたのだろうか?

 御仮屋交差点からは裏道を走る。
こちらが旧道らしい。
とても静かだ。

 島田駅まで、あと1.5キロである。

 本通り2丁目を左に曲がると、駅前で妻が待っていた

 駅舎は工事中だった。

 前回、妻と二人でトレンクルを畳んだ思い出の駅舎は影も形もない。

 どこにでもある、普通の駅に変わっていた。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート083 ◆◆
 島田駅到着は14時47分
新松田駅から130キロ。
出発して8時間だ。

 浜松まで電車を使うか、このまま自転車で走るかを決めねばならない。

 浜松までの距離は50キロ。
走ったとしても日没前には着くだろう。

 自走することにした。

 妻と記念撮影。  

 つづいて、松永ドライバーと

 伴走車はここで東京に帰る
 これからは一人旅である。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート084 ◆◆
 役目を終え、東京に引き返す伴走車は、大井川沿いに東名高速 のインターチェンジを目指していた。
もう東海道を自転車といっしょにチンタラ走る必要はない。
高速道路で東京までひとっ飛び……のはずだったが、後で妻に聞いたところ、松永ドライバーは予想以上に疲れていて、眠気覚ましに大休止を取ったそうだ。

 この写真は、その伴走車が撮った大井川。

 その頃、も東海道の大井川橋に到着。

 前回、妻と二人、トレンクルで大井川を渡ったのはここから海側へ10キロほど下ったところにある富士見橋だった。

 その時は、大井川に着いた時点で日没を迎えてしまい、島田駅に向かうために河川敷サイクリングロードを遡上するころにはあたりは完全に真っ暗だった。
さらに強烈な向かい風。

 そんな悪条件の中でじりじりと前に進む二人の自転車に付けたライトは、今の3Wクラスに比べれば呆れるほど貧弱な0.5Wで、かろうじて中央にペイントされた白いラインが判別できる程度。
道が左右にどのくらい広がっているかもわからない。

 一般道への出口があるはずの公園も見つからない。

 しかたないのでJRの鉄橋下から薮の中をかき分けて無理矢理土手上の一般道に脱出したのだった。

※その時のレポートは加藤家のホームページに詳しく綴られている

 しかし明るい午後なら、「大井川って大きいな」と思うだけだ。

 ただ、一つだけ、大井川橋の歩道には欠陥があった。

 写真ではわかりづらいが、歩道の路面が、まるでカーペットの下に異物を敷き込んだように、妙にデコボコなのだ。

 土や砂利の道のデコボコならあまり気にしないのだが、ここは不快なリズムでタイヤを突き上げる。
なるべくデコボコを避けるようにコース取りしてみたが、そんな状態がずうっと続く。
 (つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート085 ◆◆
 大井川橋を渡ってすぐのところに『旧東海道』の案内を発見。
 
 時間に余裕があれば寄ってみたかった。

 そして再び、標識に浜松の文字を発見。

 道は徐々に山の中に入っていく

 ここは牧ノ原台地の北側にあたる。

 しかし登りはまだ、そんなにきつくない

 新幹線で浜松に帰っていたときは、地名と地形の関係を意識することは殆どなかったが、結婚して妻の運転で東名高速を利用するようになってからは、インターチェンジやサービスエリアの名前と地形が、少しは関連づけられるようになった。

 例えば、箱根だ。
「箱根は自転車ではキツイだろ」。
そんな単純な理由で今回、御殿場経由を選んだのだが、じゃあ牧ノ原という名前がどんな土地なのか、僕はよくわかっていなかった。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート086 ◆◆
 金谷駅北交差点

 ここから、いきなり傾斜がきつくなる

 左に行くと、有名な、石畳が使われた東海道に出る。
自転車は「押し」たり「担いだり」するしかないらしい。

 11分後。
頂上に到着。

 島田バイパス、牧ノ原第3トンネルの真上に位置する。

 きつかった……。

 金谷駅北交差点から頂上までの距離は、2キロ。
 標高差が58メートルだ。

 埼玉県の峠と違って道の舗装が奇麗だから、たんたんと登ることが出来たが、その間の速度は、時速11キロまで落ちていた。

 僕にとって時速11キロで登る坂の傾斜は限界のちょっと手前である。
 10キロ未満になると、自転車を降りて押すほうが楽なのだ。

 峠が好きな友人達は、たいしたことないのだろうなあ。
それでも僕も毎月のように峠に遊びに行ってたから、この程度ですんだのかもしれない。

 頂上にあった標識には、残念ながら「浜松」の文字はなかった。

 登ったら、後は下り坂だ。
旧道は、片側1車線の細い道がつづく。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート087 ◆◆
 菊川の菊川橋を渡った直後に、旧道は佐夜鹿というところで、国道1号に右側から合流する。
不思議な地名だ。
どんな由来があるのだろう?

 国道1号には右側にしか歩道がないが、旧道からは自動的にこの歩道に誘導されるので問題はない。
そのまま『小夜の中トンネル』を抜ける。

 トンネルを出ると、左側に平行してもう一本、道路が見えた。
日坂バイパスである(自転車は通れない)。
 
 地図を見ても分かるようにバイパスに歩道はない。

 バイパスと国道1号は、しばらく平行して掛川方向に向かう。

 国道一号の歩道は、何故かここだけが異様に広い

 カーブした道を、真っ直ぐに作り直したようだ。

 路面のガードレールの下に、制限速度を示す「40」の数字を消した跡が見える。
写真を撮ったこの場所は、もともと車道だったらしい。
歩道と車道を分けるガードレールの支柱の跡と、『車道外側線』の白いペイントが、右側に、まだ残っているのが見える。

 そのまま進むと、歩道はまた普通の幅に戻る。

 写真左側に、道が真っ直ぐになる前の「ゼブラゾーンの名残」が見える。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート088 ◆◆
 バイパスがあるせいか、車はそんなに多くない。

 車線右側の歩道は、しばらく行くと途中でなくなっていた。
 車道に戻って快調に飛ばす

 日坂バイパスから掛川バイパスへと名前を変えた左側の自動車専用道は、逆川を渡ったあと、高架のまま、矢坂で国道一号の上を右へ横切っていく。

 坂を下り終えると、道に沿って広いスペースがあり、そこに自動販売機があった。

 お茶ではなく、冷たい炭酸飲料を購入。

  しゅわー

 容器の中で泡が音を立てる。
この音と味が、ちょっとした気分転換になるのだ。

 自動販売機の隣には小さな食堂も。
さらにその向こうにはたくさんの自動販売機が並んでいた。

 写真を見ると、正面、歩道橋の階段の手前側の全部が大きなスペースになっていることがわかる。
駐車にも便利だ。
 僕と同じように、ここで咽を潤す人がたくさんいるに違いない。
それを当て込んだ店でもあったのだ。

 島田駅を出て、ちょうど1時間。
時刻は4時5分前。

 久しぶりにベンチに座って小休止。
 (つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート089 ◆◆
 しばらく行くと、また歩道が広くなる。
道はビックリするほど真っ直ぐだ。

 ここでも車道の道幅がわずかだが変更され、縁石が撤去されガードレールに変更されていた。
バイパスが出来て、道路行政の方針に変化があったのだろうか。

掛川駅の北側は、ちょっぴり賑やかな感じ。

 東名高速と交差する少し手前で、国道1号は掛川バイパスと合流する。

 掛川バイパス部分は自転車通行禁止だ。
側道を走る。
(つづく)

【まとめ】フォトレポート90-97【最終回】

90(ヘッダ)東京>浜松.jpg
◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート090 ◆◆
 袋井駅付近にはバイパスがない。

 自転車は、国道1号で西へ向かうことになる。

 もっとも、広い歩道が用意されているので、一見、自転車は歩道を走れば問題がないように思えるのだが、実はそうでもないのだ。

 自転車は歩道では徐行しなくてはならない。
そしてそれだけではない。

 脇道があるたびに、車道との境界部分に段差があるし、最後の写真のような大きな交差点には、地下道の入り口まであったりする。

 しかし。
広い歩道を用意したからだろうか。
トラックだらけの国道1号の車道は、これまた写真のようにほとんど余裕がない。

 これが前述した、歩行者が東海道を横断するための地下道の入り口である。

 できればあと少しだけ歩道を狭くして、車道の左端に自転車が安全に走れるようなレーンを用意してくれると、もっともっとありがたいのだが……。

 こんなことを考えながら走っていたら……。
 (つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート091 ◆◆
 意味もなく広い歩道よりは、自転車での中距離移動を可能にする自転車レーンが(車道に)欲しいなあ、などと考えながら走っていたのが前回まで。

 しかし、自転車通行可の歩道も、場所によってはまったく違った印象となる。

 ここは左側の道沿いに工場が続く。脇へ入る道で歩道が遮られることもあまりない。

 脇からクルマが突然現れることもないし、歩道と車道の段差を越えるために気を使う必要もない。

 だが、そんな歩道は長くは続かない。

 車道に戻ってしばらくすると、右側に袋井バイパスへの分岐が現れた。
 (つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート092 ◆◆
 ここからは、右側に袋井バイパスがあるから交通量は激減する。

 歩道に、左右にふらふら蛇行しながら走るママチャリを発見。

 のどかだ……。

 16時37分。
陽もだいぶ落ちてきた。

 浜松まで18キロの標識である。
 (つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート093 ◆◆
 三ヶ野橋で太田川を越える

 すぐに三ヶ野インターチェンジがある。
 袋井バイパスと国道1号がここで合流する。
いろんな標識があって賑やかだ。

 賑やかすぎて、何が何やらよくわからないくらいだ。

 車道はこの先で、袋井バイパスへの進入路と、普通にそのまま国道1号を進むコースの2つに分かれるのだが、

 当然ながらバイパスは自転車の走行が禁止。
しかし国道1号はそうではない。

 ところが。

 自転車進入禁止(正確には軽車両進入禁止)の標識は、バイパスと国道1号の分岐部分ではなく、この標識だらけの場所にあったので、何が何だかよく分からなかった僕は、「自転車歩行者専用」の信号に従い、歩道を走ることになった。

 それでも歩道の舗装が奇麗なら、こんなふうにいろいろ書くことはなかったろう。
 でも歩道の舗装はガタガタ。

 舗装が奇麗な部分もあったが ……。

 いきなり大きな窪みがあったりして、

  なんじゃこりゃー ぷんぷん

 と日本の道路行政にちょっと怒っていたのだが、インターチェンジの西側に出たときに、その疑問は解消されることになった。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート094 ◆◆
 インターチェンジの西側の端だ。

 この写真奥側の車線は、バイパスへの入り口

 手前側が、東に向かう国道1号となる。

 バイパスの入り口には、東側の入り口にあったように、たくさんの標識が鈴なりになっているうえに、さらに1つ追加された標識がある。

 『歩行者横断禁止』である。

 ここでこの写真を見てみよう。

 西から東へ、国道1号を走ってきた車輌は……。

 バイパスに入りたいクルマは、左にあるバイパスの入り口に入っていく(ここは自転車は入れない)

 そして

 バイパスには入らずに、このまま国道1号を行く車輌は、バイパスへの分岐は無視して真っ直ぐ進むことになる。

 つまり、自転車が、国道1号の車道を走ってきた場合は、バイパスへと入っていくクルマの間を縫うように右側の車線に入らねばならないのである。
さすがにそれは、とっても怖い。

 それは歩行者にとっても同じだ。
だからここにわざわざ『歩行者横断禁止』の標識が追加されているんだな……。

 こんな問題を解決するための手段が、この写真である。 

 歩道橋である。

 西から来た自転車や歩行者は、この歩道橋を使って下り側の車線にある歩道へと渡ることで、このインターチェンジの東側へ抜けることができるのだ。

 けっきょく、デコボコで大きな窪みがある歩道を使わざるを得ないのであった。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート095 ◆◆
 三ヶ野インターチェンジは、太田川と天竜川に挟まれた丘の上にある。

 ここからは天竜川に向けて一気に下る
もちろん車道を走る。

 そして天竜川に到着。

 ここは国道1号の『天竜川橋』と、磐田バイパスの『新天竜川橋』が並んでいる場所だ。

 の端にお巡りさんが立っていた。
挨拶をする。

 広くて奇麗な、「自転車通行可」の歩道を行く。

しかし、GPSの画面を見ると、自転車は2本の橋の真ん中、

  海の上にいることになっている!!

 後で確認してみたら、この写真、左側に写っている橋が『天竜川橋』で、僕が渡った橋は『新天竜川橋』の左隣に、新しく架けられた橋のようだ。

 グーグルマップの衛星写真では、橋桁だけが写っている。
かなり新しい橋ということがわかる。

 橋の真ん中には、またお巡りさんが?

 橋を西側の端はまだ工事中だ。
歩行者用の階段を下りる。
振り返ると、そこには

  「歩道につき
   自動二輪車
   原動機付自転車
   通行できません」

 の標識があった。
お巡りさんがいたのはこのためだろうか。
(つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート096 ◆◆
 新しい橋の、浜松側の端はこんなふうになっていた。

 東海道に復帰するためにはいったん左折するしかないようだ。

 案内に従い左折してちょっと行くと今度は右折だ。

 角に自販機があったのでここで水を補給

 さらにもう一度右折して、やっと旧東海道に復帰。
工事中の部分を迂回させられたことになる。

 国道1号は東海道のすぐ北側にあるが、この少し西側で左へカーブ、市の中心地を避けるように海岸方向に向かう。それが浜松バイパス。
バイパスは海岸に出て浜名バイパスに接続する。

 そんなことは関係ない、とばかりに、僕は旧東海道で浜松市の中心部に向かう。

 時刻は午後の5時25分。
新松田駅から179.6km。
 (つづく)

◆◆ 加藤直之浜松いきツーリング フォトレポート097【最終回】 ◆◆
 旧東海道は、浜松駅の北側300メートル程のところを東西に走っている。

 そして市のど真ん中をちょっと超えた連尺交差点でいきなり左折する。
昔はここに浜松城があり、真っ直ぐ行けなかったからだ。
しかし、城は今はもう復元された天守閣しかないので、連尺交差点から道はそのまま西へ続くのだが、そこはもう東海道ではない。

 姫街道と呼ばれる道である。

 これがその姫街道の標識だ。

 ↑そしてこの標識がある道は、ぼくが幼稚園に通った道でもある。

 天竜川を渡って40分後。

 我が家(実家)に到着。

 時刻は午後5時52分。
 新松田駅を出発して11時間10分後。

 総走行距離は186キロメートルだった。
(終わり)